blow,1

 ブーッ、ブーッ、と携帯が振動する。またか、と思いながらも電話に出ると、水が流れる音。

「……成宮さん? どうしたんですか、もしもし?」

 返事は無い。おそらく、シャワーを浴びながら僕にかけてきたんだろう。

「……切りますよ?」

 またもや返事は無い。心臓がどくん、と主張を強める。嫌な想像が脳を掠めた。

「…………」

 明日は仕事があるから、早く眠らないといけない。今から成宮さんの家に行って、泣くのを慰めて朝を迎えたらと思うとため息が出た。

 正直、行きたくない。行きたくない、のに。

「切らないで待ってくださいね」

 結局こうだ。部屋着から着替えて、財布と鍵だけ持って家を出た。

 

 

 家に着くと成宮さんは思ったとおりシャワーを浴びていて、冷めきってぬるいお湯の中で泣いていた。お湯がピンク色なのは入浴剤のせいではないだろう。出しっぱなしのシャワーを止めて、服を着たままで抱きしめる。

「……風邪ひいちゃいますよ」

 返事は無い。いつものことだから、無視して湯舟に熱めのお湯を入れた。熱すぎないように掻き回して、冷えた肩にお湯をかけてあげる。成宮さんはずっとうつむいたまま何も言わない。

 頭を撫でて顔を覗いてみる。

「……唇が紫色になってる」

「寒かった」

「追い炊きしたらよかったのに」

「こうたが来てくれなかったらそのまま死ぬつもりだったから」

「……死んじゃ嫌だよ」

「……」

 抱きついてくるから、そっと抱きしめ返す。どうせこのあとセックスすることになるからいいや、と服のまま湯舟に入った。

 成宮さんが「上はできない」と泣くので、身体を重ねるときはいつも僕が、いわゆるタチというやつをやっていた。嫌なことを忘れられるからいいんだ、と成宮さんは言う。

 暴力的なことばかり要求されるのにも慣れきってしまった。首も絞めたし、頬も尻も叩いて、挙句の果てに髪を引っ張ったこともある。……やりすぎて泣かせたこともある。

「こうた、炭酸ない?」

「ないよ。買いに行きましょうか?」

「ん……いいや」

 ゆっくりと温まり風呂を出て、髪を乾かしてあげる。午前3時。

 成宮さんは少し機嫌がよくなったようだった。乾いてさらさらになった髪を、自分で撫でてにわかに笑った。

「……ありがと、こうた」

「いいえ」

 ドライヤーを片付けて、成宮さんをベッドに誘う。たとえセックスをしなくても、今から僕が自分の家に帰るなどという選択肢は最初から無かった。

「そういえば成宮さん、今日ご飯食べた?」

「……なんで?」

「なんでっていうか、ちゃんと食べたかなと思っただけ」

「……食べてない。気持ち悪くて食べれなかった」

「お腹空いてないの?」

「吐きそうで怖いから食べれない」

「じゃあ明日プリンとか買いに行きましょうか」

「明日仕事じゃないの。明日っていうか今日だし」

「……休むから大丈夫ですよ」

「休まなくていいよ」

「行けないよどっちにしろ……眠くて仕事にならないし」

「……あ、そう」

 ああ、失敗した。せっかく機嫌良さそうだったのに。こうなると頭を撫でても手を繋いでも状況は変わらない。万が一にも僕が眠ってしまえば、成宮さんは外へ出てって何をしでかすか分からなくなる。

 優しく髪を撫で、手を握って、そんなことで機嫌が直るならこんな真夜中に呼び出されたりしない。

 それでも、もしかしたらと思うと希望が捨てられなかった。髪を撫でて、おでこに優しくキスをする。

 今日は何もしないで寝られるかなと思ったさっきの僕を蹴り飛ばしたい気分になった。

 成宮さんが僕の下腹部に手を伸ばすから、冷たい唇にキスをして返事の代わりをする。長い夜はまだ始まったばかりだった。