割れた花瓶。深く切れた手首。身体中の痣。
部屋を片付けて、花瓶代わりのコップに薔薇を挿す。不格好なそれを見て、成宮さんは嬉しそうに笑っていた。
一通り成宮さんの世話を終えて、次の日も仕事があるからと家に帰る。離れたがらなかったけど、無理を言って帰ってきた。
頭を冷やしたかった。なんで成宮さんがあんなことをしたのか分からなくて、何をどうしたら成宮さんが「普通」になってくれるのか分からなくて、成宮さんの家から逃げるようにして遠ざかった。早く自分の家に帰りたかった。
濡れた頬が冷たい風で冷やされて痛みすら感じる。家に入ると、気づかないうちにメッセージが来ていた。
『先輩、お菓子どうでしたか?』
返信を打つ指が震える。成宮さんの顔が過ぎった。
『返信遅れてすみません。美味しかったよ、ありがとう』
返信を終えて、ずるずるとベッドに倒れ込む。少し迷ってから、メッセージの履歴を消去した。
僕と成宮さんは、本当は付き合っていない。だから咎める権利なんかない。でも、だとしたら成宮さんだって僕の交友関係を咎める権利はなくなる。
そんなの頭では分かっている。僕ばかりが不当な我慢をさせられているということ。それなのに成宮さんが嫌な気持ちになるようなことはできない。
成宮さんの命を人質にとられているから。
頭の中で何度も繰り返し再生していた。首を絞められている成宮さんの苦しそうな顔。
どうにかしなきゃ。どうしたらいい。どうにもならない。どうにか、しなきゃ。
ずっとそれだけが頭をぐるぐると巡っていた。ろくに眠れないまま、僕は朝を迎えた。
◇
一瞬だけ、夢を見た。
暗い道をずっと歩いている。
一人で、ずっと歩いている。
歩いていった先で、成宮さんが僕を待っていた。
接着剤でくっつけた花瓶を抱えて、僕に微笑みかけている。
いつの間にか僕は白いゼラニウムを持っていた。
空っぽの花瓶に挿してあげる。
僕が買ってきた、綺麗なお花。
成宮さんが笑っている。
笑っている。
暗い道を進んでいく。横にもう一つ道があったような気がしたけれど、
成宮さんがこっちに進む、から。
サイト内の文章、画像は全て無断転載禁止。
万が一転載されているものを発見しましたら、文章は1文字につき1万円、画像は1枚につき10万円支払っていただきます。
Unauthorized reproduction prohibited.
未经授权禁止转载
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から