放課後、人のいない公園の隅で手を握り合っていた僕たちは、秋が近くなったことにかすかな喜びを覚えていた。誰かから逃げてきたかのように、ベンチにも座らず身を寄せ合っている。しゃがんで、ただ手を握り合ったまま。僕は手の温度のことを考えながら、今言われたことを、追加で考えていた。
「気持ちが目に見えなくてよかった?」
「そう、目に見えなくてよかった。でもお前も思うだろ? 目に見えたり、形になってたりしたら相当息がしづらかっただろうなって」
息がしづらかったかどうかを頭の中で確かめる前に、そもそも気持ちが目に見えている状態を考える必要があった。
「見た方が分かりやすい気がする」
「そりゃ分かりやすいけど。俺が本当はここにいたくないって思ってたらどうする?」
「え?」
「はっきり分かんない方がいいってこと。俺がどう思ってるかも、お前がどう思ってるのかも」
最初からずっと言うことを決心していたみたいに、春道は確かな口調で僕に告げた。目をじっと見つめてみる。人と話しているとき、僕は手やノートや地面を見ていることが多かったが、たまに目をじっと見ることがあった。そうすると、まるでそこがチューブで繋がれたみたいになって、感情が流れ込んでくる気がしたからだ。
でも今の春道の気持ちは分からない。分からなくて、少し怖い。
「なんでそんなこと言うんだよ」
不満じみた声が出た。実際不満だったのかもしれない。春道はずっと笑っている。
「俺がちょっと怖かっただけ。不安にさせたかったわけじゃないよ」
ぎゅ、と手に力が込められ、胸のあたりのじくじく痛んでいたものが消えていく感じがした。
「何が怖い?」
僕が問いかけると、春道は顔を逸らす。言いたくないときによくする仕草だ。
「別に、なんでも。大丈夫だけどさ」
それきり待っても春道は続きを言わなかった。やっぱり曖昧な返事に、心臓が寒くなる。どうにかしたくて、でもどうにもならないことは直感で分かった。
「変な話してごめんな。コンビニ寄って帰ろうぜ」
手が離される。いつもこの瞬間が嫌いだった。
夕方が来る。チャイムが鳴る。品行方正なカラスたちが巣に戻っていく。
は、と短く息を吐き出して、次に大きく吸い込んだ。過去のフラッシュバック。
会社を出て、なんとなく金木製の香りにつられて公園に来てしまったのが原因だろう。秋色が濃くなり、涼しいどころか寒いくらいの中で僕はブランコに乗っている。
降りて、持っていたジャケットを羽織り、誰も待たない家を目指して足を進めた。
高校を卒業して大学へ進み、一年の留年を経て就職、社会人二年目。先に一人暮らしを始めた春道を追いかけるみたいに僕も一人暮らしを始めた。
このところ、高校時代を思い出す頻度が高くなっている。
置いている遊具も景色も何もかもが違うはずの公園で、春道との会話を、あのときの感情の行く末を、思い出しては身体を絞り上げられた気分になる。身体の中に溜まった膿のような思い出と言葉が、塩味の効いた水分と一緒に押し出される感覚。これを繰り返すたびに、あの日々が少しずつ僕から無くなっていくようだった。失くしたくなくて思い出すのに、思い出すと無くなってしまう。どんどん僕から離れていく。
自分の汚れた靴を眺めながら歩いていくと、足音だけが耳に届いた。規則正しい音。
やがて誰も待たないワンルームへと辿り着いた。
扉を開くと空気が籠って生暖かくなっていた。荷物を下ろし、換気する。新しい服に着替えて、食事をすることすらせずに僕はベッドに横たわった。
息を吐いて目を瞑る。たった一人の、僕の中核にいて動かないあの友人のことを、アルバムを捲るようにして思い返していった。
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