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マグカップの中の

 ジッパーを開けてスプーンで粉末状のココアを取り出す。マグカップの中にそれを放り込み、お湯を注ごうとして手が滑った。

 ごん、と鈍い音がして、粉末のココアが床に散らばる。僕はため息を吐いて、布巾を手に取った。それを拭きながら、白い床にできた赤茶けたココアのシミが、なんだか星に見えて眉間に皺が寄る。

 星があった。銀河があった。そして宇宙があった。僕は、僕らはただそこで生活をしている。こうして床に散らばったココアを布巾で拭いていることも、三時間後には忘れてしまうし、思い出しても三日後にはまた忘れている。

 忘れていく。何もかも。僕は全て忘れていく。幼稚園の出来事なんてほとんど覚えちゃいないし、小学校の出来事だって曖昧だ。親しかった友人と交わした会話の中身だって覚えていない。何度も話をしたこと自体は記憶にあるのに、その中身は空っぽだ。ちょうどココアをこぼしたあとのマグカップの中みたいに。

 最後はみんな散り散りになってただ宇宙へと還元するだけだ。魂がどうだとか、来世がどうだとか、そういったことはあるかどうか分からないからはっきりとは考えない。

 拭き終わった布巾を洗濯カゴへやり、カップを洗った。

 ジッパーを開けてスプーンで粉末状のココアを取り出す。

 全部マグカップの中に入れて飲み干す、のだ。


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