春道に会ったのは高校一年生の時で、名前順では近くなかった僕たちがお互いを認識したのは、きっと日直で一緒になったときだろう。
「豊夏って名前、いいな。俺とセットだね」
放課後、人もまばらになった教室で初めてかけられた言葉だった。よく読めたなと感心して、そのまま「よく読めたね」と伝えると「自己紹介で言ってたじゃん。豊かな夏で『ゆたか』かあ、ってしみじみ思ったから覚えてた」と笑う。
「……セットって?」
「ああ、春と夏だからさ。秋とか冬もいるかな」
どうだろうね、と僕が曖昧な返事をして、春道がそれきりあまり喋らなかったのを、よく覚えている。
藤澤春道という名前、明るくやや高い声、しゃんと伸びた背筋も、それからすぐに覚えてしまった。
そのあと僕と春道がまともに会話をしたのは、5月の終わり、宿泊行事でのこと。
人と関わるのが得意な人たちは、入学して一か月でも友達を作ってグループを作っている。僕はそういうのがあまり得意ではなくて、バスで隣同士に座る人を決めかねていた。中学のときは余った人と組まされることが多かったから、ここでもそうなるんだろうと思って席に黙って座っている僕に、話しかけてきたのが春道だった。
「隣いい?」「あ、うん」。この会話だけで、それが決まった。なんで僕? とか、他に約束してる人いないのか? とか、聞きたいことは山積みだったが飲み込んでしまった。
県外の観光スポットを学習と称して見に行く行事。班も決めて観光のコース決めなど、やることはたくさんあった。班にもなぜか春道はいた。こう言ってはなんだが、僕やそのほかの地味な人たちのなかに春道のような子が混ざっているのは変な感覚だった。
昼間は班で行動し、あちこち歩き回る。夜は布団を並べて、こそこそと喋っているところもあれば疲れてすぐに寝てしまう人もいた。僕と春道はと言えば、経緯こそ覚えていないが、おそらく春道に話しかけられたのだろう。眠くて目が開かなくなるまで、ずっとずっと布団の中で喋っていた。好きな音楽の話や、勉強の話、興味なんか無いはずなのに手相の話までした。他愛ない話ばかりで、ほとんど内容なんか覚えていない。でも春道がくすくす笑って僕にくっついてきた瞬間に感じた、はっきりとした他人の匂いが頭から離れなかった。
春道は明るくて面白くて気さくなのに、どうして似た人たちと一緒に行動しないのかが僕には分からなかった。どうして僕みたいに地味なやつと一緒にいるのか、それがどうしても理解できないまま、宿泊行事が終わっても僕のところにやってくるのをそのまま受け入れていた。
授業が終わったら春道と喋って、また授業が始まって、授業が終わったら春道と喋る。共通の趣味といえば音楽くらいだったが、春道が好きだというゲームのことを聞くのはなんだか面白かったし、僕の好きな本を読んで感想を聞かせてくれる春道を素直に良く感じた。
春が終わって夏が始まり、夏休みが来る。僕は文芸部にいて、春道は確か運動部にいた気がするのに部活に出ている様子は見られなかった。文芸部なのに夏休みの間も活動があって、僕は登校していた。春道は時々文芸部に顔を出すようになった。
人数が少ないうえに夏休みは自由参加だから、僕しかいないときもある。春道と僕は同じ本を読んで、続きを考えて小説を書いてみたり、春道の好きなゲームを一緒にやってみたりした。
分かったのは、春道が僕といるときにすごく楽しそうにしてくれることと、僕は春道と過ごすのが楽しいのだということくらいだった。
「豊夏!」
「何だよ、そんな走ってまで来なくても……」
「今日部活ないんだろ? 一緒に帰ろうぜ」
「ああ、うん」
元からそのつもりだったよと言えばよかったのに何だか上手く言えなかった。
夏が終わって秋の足音が聞こえると、何度も寄り道のために寄った公園も過ごしやすくなっていた。公園の隅の方でただ立って話をする。ゲームをすることもあったけど、白熱しすぎて近所の人に怒られるから屋内だけにしていた。
「なんか、さ」
その辺の棒を拾って、春道が地面にらくがきをする。手を動かしながら喋るのを僕は静かに聞いていた。
「秋とか、涼しくなってくるとあったかいもの触りたくなるよな」
「……? うん、まあ」
何が言いたいのか分からない。それでも次の言葉を待っていると、春道が棒を捨てて手を払い、僕の手を握った。
「んだよ、あんまりあったかくないじゃん」
「そりゃ……涼しいしね」
「じゃあ俺があっためてあげる」
両手で僕の手を包み込むと、揉んだりさすったりしてあたためようとする。春道がどうしてそんなことをするのか分からなかった。でも、悪い気はしなかった。少し恥ずかしいような気がして目を逸らしていると、春道が僕の顔を覗きこむ。
「触られんの嫌だった?」
「ううん……なんか、ちょっと恥ずかしいだけ」
「へえー、恥ずかしいんだ」
春道は少しからかうように笑っていた。でも春道がそうやってからかうときは、春道自身も恥ずかしいときだと僕は知っている。だから、やっぱり嫌な気はしなかった。
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