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ドライフルーツ

 四角い容器の中。真っ白で寝具みたいに見えた。そこにぱらぱらと色とりどりの立方体を入れていく。

「……明日が楽しみですね」

「そうですね」

 ヨーグルトの中にドライフルーツを入れると美味しい、と生徒に教えてもらった。静夏も、ネットでそれを見てやってみたいと思ったとか。

 こういうとき、シンクロニシティを信じてしまいそうになる。偶然なのは分かっていても、運命的に感じてしまう。引っ張り合った紐の先をお互いが掴んでいるみたいで。

「……楽しみだなあ……」

 嬉しそうに、愛おしそうにラップを被せる静夏を見ていた。宝物を扱うような手つき。静夏は、料理をするときいつもそうだった。柔らかく、優しく、食材を扱う。

 冷蔵庫にしまって、明日を待つ。僕は学校へ出勤し、静夏も大学へ。

 仕事の休憩中、冷蔵庫の中に眠る宝石のことを考えた。静夏と僕だけの宝石。水を含んで膨らんで、きっと美味しくなっている。

 残業も今日は短く済んだ。急ぎ足で帰る。

「ただいま、静夏」

「おかえりなさい、あしやさん」

 ぱたぱたと足音を立てて玄関まで来てくれる静夏に笑顔を向ける。身支度を終えると、静夏が夕食を出してくれた。

 そこにヨーグルトの皿もあるものだと思っていたが、それらしいものは見当たらない。僕が疑問に思っているのを感じ取ったようで、静夏が口を開いた。

「お風呂あがったら、一緒にあけてみませんか」

「ああ……はい。いいですね」

 静夏も楽しみにしていたのだろう。なんだか二人とも少し早めに夕食が終わった。

 風呂も済ませて、あとは寝るだけ。たまにこの時間に酒を飲んだりすることもあったが、今日は。

「どうなったかな……」

 冷蔵庫を開ける。胸が躍っていた。

 ラップを取り、器にヨーグルトを盛りつける。白いヨーグルトはもったりとした重さのある見た目になっていて、鮮やかなフルーツが見え隠れしていた。

「きちんと膨らむものですね」

 僕が言うと静夏が笑った。

「思ったより、膨らみましたね」

 ラップを戻して残りは冷蔵庫へ。二人で座って、じゃあ、と一口スプーンで掬って口の中へ運んだ。

「……」

 甘くない。想像していた味はやってこなかった。かすかにフルーツの甘味があるが、ヨーグルトの酸味の方がやや強い感じがする。静夏をちらりと見ると、静夏は嬉しそうに頬を染めていた。

「美味しい」

 勝手に、とても甘いものだと思っていた。なるほど、こういうものか。黙って食べていると、静夏が少し心配そうに僕を窺う。

「美味しいですか?」

「勝手に……とても甘いものなんだと思っていました。控えめで、これはこれで美味しいですよ」

 無理して言ったと思われやしないだろうか。いや、静夏なら分かってくれるはず。期待していると、静夏は間を置いて、それから立ち上がってキッチンから何かを持ってきた。

「ハチミツ……」

「いいですね」

 静夏が両手でボトルを持って、ハチミツをかけてくれる。混ぜると、白と蜜色が混ざって綺麗な渦を描いた。掬って、一口。

「甘い。一気にデザートになりました。美味しいですね」

「よかった……ふふ」

 いろんなフルーツの味がする。食感も面白い。ハチミツの、優しい甘さが嬉しい。静夏みたいな味だ、と思った。

「静夏、そのままでも美味しかったですよ」

「……はい」

 なんだか照れたように俯いて、静夏はヨーグルトを食べ進める。余計なことをしたと思って恥じているのか、それとも真っ直ぐ見つめたから照れたのだろうか。

 分からないまま、聞かずにヨーグルトを食べた。素朴な味だ。静夏みたいだ、とやっぱり思った。

「もっといっぱい……ドライフルーツ入れてもよかったかもしれないですね」

「まだドライフルーツあったでしょう。入れますか」

「入れてみましょうか……」

 食べ終わった器を流しに置いて、とっておいたドライフルーツをぱらぱらと入れた。静夏がスプーンでぐるぐると掻き混ぜるのを、僕は見ている。見ながら、不意に堪えきれなくなって、後ろから抱きしめた。

「わ」

「すみません。邪魔なら離れます」

「包丁じゃないから、大丈夫です」

 ぐる、と最後に一回しして、静夏は混ぜるのを止めて僕の腕に手を添えた。

 黙っている。ひんやりとした、暖房の届かない冷たいキッチンにいて、ただ静かに抱きしめている。どく、どく、と心臓が動いているのをはっきりと感じた。

「……」

 振り返った静夏と目が合って、引き寄せてキスをする。静夏が顔を離して薄く笑った。

あしやさん、甘い……」

「……静夏が甘くしたんですよ」

「ふふ」

 もう一度だけキスをして、ヨーグルトを冷蔵庫にしまう。手を握り合って、身を寄せて狭い布団で共に眠った。

 その夜、夢を見た。ヨーグルトの中のように真っ白な場所で、静夏が笑っている。僕が手を握ると、静夏も握り返してくれた。それから、小さな宝石をポケットから出してくる。それを僕の口に何度も運んでくれた。甘くて、素朴で、優しい味。嬉しくてたまらなくて、次第に切なくなって涙が出た。

 目が覚めるとまだ外は薄暗く、明け方のようだった。静夏は縮こまっている。毛布を掛け直して、冷えている背中をさすってやった。

 離してしまっていた手を握り直して、目を瞑る。

 大事にしなければ。この子を守らなければ。柔らかい静夏が、この先ずっと笑顔でいられるように。

 明日も美味しいヨーグルトが食べられるように。


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