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栗色の君

 唇を合わせると胸が高鳴った。薄く開いた唇から舌をのぞかせれば、それに応えるようにして舌を出してくれる。短くて小さな舌が触れては引っ込み、また触れてを繰り返した。やわく唇を重ねたまま舌を少しだけ出す。口の中に招き入れ、小さな舌が僕の舌を撫でるように触れた。口を大きく開いてそのまま全て僕の中に入れてしまいたいのを我慢して、唇を閉じ、やさしいキスを何度も贈る。細く長い指を持った両手が僕の頬に触れた。顔が離れていかないように縋ってくれていると分かって、泣きたくなるのもまた、我慢した。

 

 外は雨が降っていて、少し湿っぽい空気が部屋に充満していた。栗色の毛を入念に整えるを見ながら、僕は少し反省する。

 ここのところ、最初の頃は当たり前だった我慢が、できなくなりつつあった。受け入れてくれるから尚更うれしくて止まれなくなっている。見るだけで跳ねていた心臓が、見てくれることでまた跳ねて、今度は触れることで更に激しく動き回る。欲深くなっているのは明白だった。

 撫でつけて手入れを続けているのに、手を伸ばす。手伝うように頭を撫でていると、途中で手を止めて僕の手に頬擦りしてくれた。僕はこういうとき、ちくりと胸が痛くなる。ドキドキしているから、だけではない。

 いつも罪悪感があった。こんなことしてはいけないと思うのに、欲求は留まるばかりか膨らむ一方。今も、まさに。

「……可愛いね」

 擦り寄ってくれた小さな身体をゆっくりと倒してひっくり返し、真っ白で柔らかな腹に指を這わせた。これから何をされるか分かっているのかいないのか、黒くて大きな瞳をただ向けてくる。僕は笑いかけた。

 いつもするように鼻先を合わせる。小さく動かされた顔が僕をくすぐった。

 キスは親愛の証。愛情を持っているとしらせる行為。そんな了解が僕たちの間にはあって、だからこそ受け入れてくれたんだと思っていた。それがどうだろうか。今僕は、欲のまま熱を求めて、返してくれるものに震えるほどの興奮を覚えている。

 小さく出された舌に吸い付いて、また僕の舌を口の中へ差し込んだ。苦しくないだろうか、呼吸はできているだろうか。気を配ることだけは決してやめずに、しかしやりたいことを我慢しない。歯列をなぞっても噛まれないことにすら、僕は興奮する。

「っ……ふ、……ぅ」

 キスをしながら手を動かした。片手は自分の下着の方へ伸ばし、片手は小さくてしなやかな、細い身体に這わせたまま。あまり隆起していない胸も、くびれた腹から腰の輪郭も、やはり細い足も爪先も、全部余すことなく触れていく。顔を離すと、唇と唇に糸が繋がる。はっとして拭いてあげようと視線を逸らす僕の手を、引っ掻いてそれを止めてくる。

 小さい舌が、僕のせいで汚れた自分の唇を舐めた。まるで舌舐めずりしているようなその仕草が、僕の攻撃的なまでの愛情を煽らないはずがない。でもそれも、君は意図していないこと。

 そうだ、いつも分かってないんだ、君は何もかも。僕がどれだけ君のことを愛しているのか、本当に分かってくれているの? 分かってないよ、多分。でも、それでもよかった。僕を拒絶しないこと、口の中にまで僕を招いてくれること。手で触れて撫でてくれること。僕に撫でさせてくれること。それらが物語っているから、よかった。

「……汚してごめんね」

 僕の呟きに返事はない。謝罪を受け入れてくれなかったのではなく、僕が唇を塞いだから。

 何度でも繰り返す。キスをして腹を撫でる。性器には触れないし、触れさせなかった。これはあくまで君に愛情を伝えるための、言葉の代わりのはず、だから。

 静かな部屋に僕の吐息と、高くて小さな悲鳴にも似た鳴き声が時々、落ちる。膨らんだ尻尾を緩く握って撫でた。


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