blow,3

 2日後の休みが来るまで、成宮さんからの着信はたったの一件だったし、メッセージの内容も「ご飯食べたよ」とか、「花瓶の水かえた」とか、花の写真だとか、そういうものだけだった。

 一体何があってそんなふうにして変わったのかは分からなかったが、きっかけなんて些細なものだろうと思う。

 僕と成宮さんが出会ったのだって、ほんの些細な、ちょっとしたことだったのだから。

 当日になって家に行くと、成宮さんが出迎えてくれた。入ってすぐ部屋が綺麗になっていることに気がつく。

「片付けしたんですか?」

「うん、こうた来るし」

「すごい……えらいね」

「ふふ」

 花はダリアからコスモスに替わっていた。

「本当にどうしちゃったの? 成宮さんすごいね、お花も替えたんだ」

 頭を撫でると成宮さんが少し照れた様子で肩を竦めた。

「ん、へへ……」

「お土産にケーキ買ってきたんですよ。一緒に食べよう?」

「うん!」

 手土産をテーブルに広げる。ケーキの他にもポップコーンや成宮さんが好きだと言っていたお菓子を見せると喜んで受け取ってくれた。

 カーテンを閉め切った暗い部屋で、寄り添って映画を再生する。見ようと約束していたのに見られずにいたものだ。ポップコーンを食べながら時には息を飲んで、笑って、見終わって感想を言い合うと「楽しい」と口から出ていた。

「楽しいね、成宮さん」

「うん……楽しい、こうたが楽しそうでうれしい」

「僕も成宮さんが楽しそうで嬉しいよ」

 あのシーンがどうだったとかこうだったとか、次見るものを探しながらお菓子をつまむ。ふと頭を撫でるとやっぱり成宮さんは嬉しそうに笑った。

 くだらない動画を見て笑い転げていたらあっという間に夕飯の時間になってしまって、二人で買い出しに行くことにした。

「何が食べたい?」

「ん~……こうたは?」

「エビチリとか……」

「あー、中華もいいね」

 結局スーパーを歩き回り、その時安かった材料を買ったら鍋の具材にぴったりになった。普段、調理は僕の担当なのに、今日は成宮さんも一緒に料理をしてくれる。包丁を扱うのを見るのは少しひやひやしたが、エプロン姿はかわいいと思った。

 

 できあがった鍋を食べ、ゆっくり過ごしてお風呂に入って髪を乾かす。

 何もかも上手くいった。「上手くいきすぎて怖い」なんて思う暇もないほど、楽しい時間が続いていた。

 乾かした髪を櫛で梳いていると、不意に肩が震えたのではっとする。

「……成宮さん?」

「ん、ん、なんでもない」

「なんでもないの?」

「うん、なんでもない、大丈夫」

 あまり深く追求しすぎるのもかえってよくないように思えた。泣いている成宮さんを後ろから抱きしめて頭を撫でていると、ちょっとずつ落ち着いてきたようで僕の腕に手を添えてくる。頭にキスするとやっと笑ってくれた。

 ベッドに誘って腕を差し出す。そこにころんと横になった成宮さんが、上目遣いで僕を見つめた。今にも泣きだしそうな顔。

「こうた、」

「うん?」

「こうた……どこにも行かないでね」

「行かないよ、大丈夫」

 ゆっくり、ゆっくり髪を撫でる。たくさん泣いたせいか、目は溶けそうなくらい水分を孕んでいる。

「ごめんね……」

 何に対する謝罪かは分からなかったが、こうして泣いてしまっている状況に対してなんだろうと考えた。そんなことで謝らなくていいのに、と頭を撫で続ける。

 しばらくそうしていると、まばたきの回数が徐々に増えていった。そして目を瞑っている時間が延びて、だんだん開かなくなり、薄く開いた唇からは小さな寝息だけが聞こえてくる。

「……どこにも行かないよ……」

 ただそれだけが伝わってほしい。そばにいるって分かってほしい。

 そんなことを考えていると僕まで泣きそうになっていた。目を閉じて、明日も成宮さんが楽しく過ごしてくれることだけを祈る。

 時には成宮さんを鬱陶しく思うのに、一方では誰よりも愛している。そんな自分の矛盾には気づいていた。それでも手が離せない。

 そう、離せない。

 2年前から、ずっと、ずっと。