blow,6

 割れた花瓶。深く切れた手首。身体中の痣。

 部屋を片付けて、花瓶代わりのコップに薔薇を挿す。不格好なそれを見て、成宮さんは嬉しそうに笑っていた。

 一通り成宮さんの世話を終えて、次の日も仕事があるからと家に帰る。離れたがらなかったけど、無理を言って帰ってきた。

 頭を冷やしたかった。なんで成宮さんがあんなことをしたのか分からなくて、何をどうしたら成宮さんが「普通」になってくれるのか分からなくて、成宮さんの家から逃げるようにして遠ざかった。早く自分の家に帰りたかった。

 濡れた頬が冷たい風で冷やされて痛みすら感じる。家に入ると、気づかないうちにメッセージが来ていた。

『先輩、お菓子どうでしたか?』

 返信を打つ指が震える。成宮さんの顔が過ぎった。

『返信遅れてすみません。美味しかったよ、ありがとう』

 返信を終えて、ずるずるとベッドに倒れ込む。少し迷ってから、メッセージの履歴を消去した。

 僕と成宮さんは、本当は付き合っていない。だから咎める権利なんかない。でも、だとしたら成宮さんだって僕の交友関係を咎める権利はなくなる。

 そんなの頭では分かっている。僕ばかりが不当な我慢をさせられているということ。それなのに成宮さんが嫌な気持ちになるようなことはできない。

 成宮さんの命を人質にとられているから。

 頭の中で何度も繰り返し再生していた。首を絞められている成宮さんの苦しそうな顔。

 どうにかしなきゃ。どうしたらいい。どうにもならない。どうにか、しなきゃ。

 ずっとそれだけが頭をぐるぐると巡っていた。ろくに眠れないまま、僕は朝を迎えた。

 

 

 

 

一瞬だけ、夢を見た。

暗い道をずっと歩いている。

一人で、ずっと歩いている。

 

歩いていった先で、成宮さんが僕を待っていた。

接着剤でくっつけた花瓶を抱えて、僕に微笑みかけている。

いつの間にか僕は白いゼラニウムを持っていた。

 

空っぽの花瓶に挿してあげる。

僕が買ってきた、綺麗なお花。

成宮さんが笑っている。

笑っている。

 

暗い道を進んでいく。横にもう一つ道があったような気がしたけれど、

成宮さんがこっちに進む、から。