Phil
調べるというのは案外簡単なもので、コミュニティがあれば目当ての情報はすぐに見つかる。家族、友人、恋人、愛人、憎んでる人間まで。
人に聞かなくたって、後をつけて会話を聞いて、知り合いの振りをして友人と会話する。嘘も方便、これは手段だ。
それに女は案外簡単に口を開く生き物だ。ただいきなり聞くのではない。まずは仲良しごっこをしてやるのだ。優しくして、下心を隠しているように見せる。「本当は無いものを隠す」ことは、難しいようで思ってるより簡単だ。
下衆なことをしていると思うのが真っ当な感覚であり、これを便利だと思う奴はとっくに道を外れている。金を払って調べさせてまで掴んだ情報が身を滅ぼすのを何度も見た。それが、好奇心の代償。
エリックの、レナードの頼みだからオレは聞いてやるし全力を尽くした。
世の中には知らなくていいことばかりだ。
「レナード」
エリックが一人で探しに行くと言うのをそのままにさせて、オレはレナードを自分の元へ呼びつけた。黙って何も言わないレナードの方へサラダの皿を押しやる。
「……言えないんだ」
俯いたままそう呟くレナードは酒を飲もうとしなかった。
「精神科に行けって? それとも探すのは無駄だって?」
「どっちだって言えない。リックは恋人を探すことに生きる意味を見出してる。真実を突きつけるのは生きる意味を奪うことになりかねない」
それも事実。
「探しに出かけない日は大して何もしないんだ、分かるか? 他にやりたいことも、趣味も無いんだ」
「お前は元々の、恋人を失う前のあいつを知ってるのか?」
「いいや……俺は三年前知り合ったんだ。既にあの状態だった」
レニーは頭を振った。オレはフライを頬張る。
「リックはもう五年間も、既にいない人間を探し歩いて、それを生き甲斐にしてしまった。何か他に依存先を見つけてやらなきゃ、そのうち壊れてしまう」
祈るように、レナードは手を組んで俯いた。そこでふと、伝え漏れたある可能性を思い出す。
「……エリックのことなんだが、精神的な病気だろうってオレは言ったな。ただ、もう一つある。それは……」
言いかけた時だった。重い金属の扉からくすんだ金色が覗く。あ、いたと小さな呟き。
「……一旦休憩しようと思って帰ってみたらレニーもいないからここじゃないかと思って来てみたんだ」
「よ、お疲れ。ビールでいいか?」
エリックの話を聞きながら、オレは考えた。
心因性の健忘、つまり記憶喪失の可能性。
「昔行った場所も行ってみた。でも何も無かった……」
「大変だったな。やっぱり俺も行けばよかったよ。リックもフライにするか?」
恋人の名前や容姿、恋人との思い出、昔行った場所まで思い出せるのにも関わらず、「恋人が死んだ」ことだけが認知できていない。受け入れられなくて知らないふりをしているものと思ったがここまでくると本当に「知らない」可能性が出てきてしまった。
「あれ、ここダーツボードあったんだな」
エリックが反応したのを見て、今この場で考えていても、と切り替えた。結局はオレも同類で。
「エリックはダーツ得意なのか?」
「いいや。レニーの方が上手い」
「俺? ダーツよりはカードゲームの方が得意だな」
「なんだよ、誰も得意な奴いねえのか」
ボード横の棚に置いたダーツを三つ手に取り、スロウラインに立った。三本指でバレルの中央、水平になる場所を探し軽く握る。そして、打った。
「二十点」
「おお……」
レナードの落ち着いたジャッジの声とエリックの感嘆の声を背中に感じながら、二投目。
「お、すごい。四十点」
すう、と息を吐いた。見られている緊張感。
真っ直ぐに狙いを定めて、飛ばす。
「……!」
「……はあ、二十のトリプル、六十点」
「緊張した。全部で何点だ?」
「百二十だ、フィルすごいな。コツは?」
「んなもん無い。プロじゃねえんだから」
ボードから抜いて席に戻るとエリックは残念そうに言った。
「あと七ラウンドあるぞ。やらないのか?」
「一人であと二十一回も投げんのは気が進まねえよ。エリックこそやらないのか? 今なら百二十点付き」
「荷が重くて投げられない」
エリックは少しばかり無愛想だが素直で良い気性の青年だ。酒を飲みすぎたり煙草を吸いすぎたりはしているが、それは男の生きていくうえでの楽しみ。本当に至って普通の男だ。死んだ恋人を探していること以外は。
何かしてやればありがとうと素直に感謝する、何かして見せればすごいと褒める。当たり前と言えば当たり前だが、二十を過ぎた男がそうも感謝され褒められることがあるだろうか。少なくとも、オレは久しぶりのことだった。
だからなのか、オレが腐ってるだけなのか。
判断が鈍っていることは自分で感じている。いつもなら、それを知ることで不幸になると分かっていても金さえ払われれば元は友人だった人間だろうと教えてきた。それが仕事ってものだ。割り切っていた。
エリックが、恋人はもうこの世には存在していないこと、自分の本当の名前すら認知できていないことを知ったらどうなるのか。レナードが言う通り壊れるんじゃないか。
そう思うとレナードのように、隠して見せないようにするより他に方法が見つからない。どうしてやるのが一番なのか、今では分からなくなってしまった。
二人が帰ったあと店はいつも静かだ。家に帰るのも気怠くなって、三つの穴が空いたダーツボードを眺める。
話の続きをレナードにすることになったのは、またもやエリックが寝た後、電話越しでのことだった。
本人にひた隠しにした会議。結論なんか出るわけは無いが、少なくともこれがオレやレナードの自己満足に繋がっているということだけは明白だった。全ては偽善で、一番恐ろしいのは恩を着せてしまうこと。
レナードも立派な依存体質だとオレは思う。本人の意見なんて知らないが。もしもエリックに新しく恋人ができたり、あるいはいるはずはないが、恋人が見つかったりしたら。平静を装って女遊びに耽る姿が容易に想像できた。
脳内で一人会議を続けているより、出かけた方が何か思いつきそうだ。と、ハンチング帽を被って夜の匂いを肺に満たした。
二人を甘やかす、腐敗した思考ばかりが脳を駆ける。
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