あたたかく、柔らかいものに包まれている。身体が真綿に沈み込むような、心地好い怠さ。
聞き覚えのあるようなメロディーが、途切れ途切れに聞こえてくる。
ああ、そういえば、俺、撃たれたんだったな。
薄く目を開くと、ハイメを見下ろし優しく見つめる何者かの姿が見える。しかし逆光でよく顔が見えない。
ここは天国か? 天使ってほんとにいんのか。
そんなことを考えていると、ハイメの頭を撫でていた手が止まった。
「……ハイメ?」
名前を呼ばれる。
「ハイメ!」
その声、その顔、一瞬でハイメは理解した。
「お前……っ!」
起き上がろうとしたハイメの腹には激痛が走る。身体を押さえられ、再び横たわった。ハイメが寝ていたのはモニカの膝の上だったらしい。
「……てめえどこほっつき歩いてたんだ、馬鹿が!」
「ごめんなさい」
困った顔でモニカは笑んだ。喋る度に腹が痛む。モニカは小さな白い手でハイメの腹を撫でてやった。
「! 警察はどこ行ったんだ、どうやってここに来た」
意識が明瞭になると、ここが教会の中であることが分かった。モニカの背後には壊れた十字架が見える。
「…………」
モニカが黙って視線を向けた方向には、積み重ねられた警官だったものの山。ハイメは思わず言葉を失った。
「……お前……が、やったのか」
モニカは答えない。じっと黙って、痛む箇所を撫でる。一拍置いて、静かに言った。
「お医者様を呼んだから、怪我はきっとすぐに治ります」
「んなことはどうでもいいんだよ、質問に答えろよ。お前じゃなかったら、誰が俺を助けたんだ」
「…………」
モニカは笑顔のまま、ぽろぽろと大粒の涙を瞳に浮かべた。
「お、おい泣くんじゃねえ、泣きてえのはこっち――」
「き……嫌わ、ないで」
目を細めて、モニカは笑顔を繕おうとした。しかし涙はぽとり、ぽとり、と落ちていく。
「…………嫌わねえよ」
モニカの震えている手がハイメの手を掴んだ。すう、と息を吸って、モニカは口を開く。
「……ワタシ、思い出したの」
握り返してやると、モニカは切なく笑った。
「何かの命を奪うのがどうしていけないことなのか、ワタシ分からなくて、お父さんお母さんのこと、すごく怖がらせてしまって……だからここに棄てられたの。それを、思い出したの」
モニカの声は震えていた。
◇◇◇
可愛い猫が歩いていたから、動かなくさせて持ち帰った。
「おかしいんじゃないのか!? あいつは悪魔の子だ!」
「やめてくださいっ……きっとあの子だって教えれば分かってくれます」
「分かってくれるなんて甘いことを言って、いつか人でも殺したら……」
「モニカはそんな子じゃありません!」
いつまで起きているんだろう、と思ってリビングへ行ったら言い争う声が聞こえて驚いた。
「俺はあんな子供を育てていく自信はもう無い、どこかに捨て置けばいいものを」
「捨てるなんて……! 私たちの子供じゃないですか、きっと言えば分かります、まだ小さいんですから」
お母さんは泣いているように見えた。
蝶々の羽が綺麗だったから、お母さんに見せたくて千切って持ち帰った。
「まま」
喜んでほしかっただけだったのに、お母さんは泣きながらワタシを教会に連れてきた。
「モニカ、いい子ね、きっと、素敵な人があなたのことを連れて行ってくれますからね」
「ままどこいくの?」
「ママは少し、お買い物に行きますから、モニカはここでいい子に、してて、」
お母さんは走り去って行った。もう帰ってくることは無いのだと悟ったのは、それから一週間経ってからのことだった。
「まま」
◇◇◇
「ワタシ、おかしい子なの」
指の腹で手の甲を撫でるモニカの視線はどこか朧げだ。
「きっと、これは、罰なんだわ。間違って産まれてきてしまったことへの、罰なの」
何と返してやれば良いのか、迷ったハイメはただ瞳を見つめる。
「ハイメがしんじゃったら、ワタシ、どうしたらいいか分からない」
モニカの笑顔が崩れた。
「死は救いだって、そう教わったの、この教会に置いてあった聖書にはそう書いてあった。ここに来る人はみんな、何かを神様に懺悔していたの。生きていることを後悔している人もいた。だから救ってあげたの。死んだら天国に行けて、神様に会えるんでしょう? だから、頼まれたから、天国へ行かせたの。でも、だけど、ワタシを天国に連れて行ってくれるのはだれなの?」
「…………」
「アナタはぼろぼろでここに入って来て、でも全く生きてることを後悔しているように見えなかった。だから、だから殺せなかったの。それに、初めてだったの、だれかとご飯を食べたのは」
嬉しかった、と零して微笑む。
「ハイメ……ハイメが殺し屋なら、ワタシを天国に連れて行って、楽にして……ワタシを救って」
モニカはハイメの手に額を押し付けて涙を零した。切望が声に滲む。
「それで、アナタは生きて、ワタシ、ハイメが死ぬところを見たくないの」
酷い話だ、とハイメは顔を顰めた。モニカの涙が腕を伝っていく。
「……死んで救われんなら、俺だって死にてえよ」
「…………」
「勝手に一人で楽になろうとしてんじゃねえよ、馬鹿」
気が付いた時には既に視界が歪んでいた。情けなくて、笑えてくる。
「お前は天国になんか行けない」
言えばモニカは驚いたような顔をした。
「……天国に、行けないの?」
「人を殺した人間は、天国になんか行けねえよ。行くのは地獄だ、とびきり苦しい地獄」
「地獄になんか、いきたくない」
「俺もとっくに地獄行きは決まってんだよ。殺してもらいてえのは俺の方だ」
だけど。
「……お前とだったら、」
ハイメは空いた手で、モニカの派手な長い髪を優しく撫でた。
「生きても良いと思えたのにな」
「……ワタシ、」
「決めろよ。俺と生きるか、俺に殺されるか」
モニカは動揺した。生きていくのか、ここで死ぬのか、その天秤を持っているのはモニカ自身。
「ワタシは……」
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