phase6 祟り

 あたたかく、柔らかいものに包まれている。身体が真綿に沈み込むような、心地好い怠さ。

 聞き覚えのあるようなメロディーが、途切れ途切れに聞こえてくる。

 ああ、そういえば、俺、撃たれたんだったな。

 薄く目を開くと、ハイメを見下ろし優しく見つめる何者かの姿が見える。しかし逆光でよく顔が見えない。

 ここは天国か? 天使ってほんとにいんのか。

 そんなことを考えていると、ハイメの頭を撫でていた手が止まった。

「……ハイメ?」

 名前を呼ばれる。

「ハイメ!」

 その声、その顔、一瞬でハイメは理解した。

「お前……っ!」

 起き上がろうとしたハイメの腹には激痛が走る。身体を押さえられ、再び横たわった。ハイメが寝ていたのはモニカの膝の上だったらしい。

「……てめえどこほっつき歩いてたんだ、馬鹿が!」

「ごめんなさい」

 困った顔でモニカは笑んだ。喋る度に腹が痛む。モニカは小さな白い手でハイメの腹を撫でてやった。

「! 警察はどこ行ったんだ、どうやってここに来た」

 意識が明瞭になると、ここが教会の中であることが分かった。モニカの背後には壊れた十字架が見える。

「…………」

 モニカが黙って視線を向けた方向には、積み重ねられた警官だったものの山。ハイメは思わず言葉を失った。

「……お前……が、やったのか」

 モニカは答えない。じっと黙って、痛む箇所を撫でる。一拍置いて、静かに言った。

「お医者様を呼んだから、怪我はきっとすぐに治ります」

「んなことはどうでもいいんだよ、質問に答えろよ。お前じゃなかったら、誰が俺を助けたんだ」

「…………」

 モニカは笑顔のまま、ぽろぽろと大粒の涙を瞳に浮かべた。

「お、おい泣くんじゃねえ、泣きてえのはこっち――」

「き……嫌わ、ないで」

 目を細めて、モニカは笑顔を繕おうとした。しかし涙はぽとり、ぽとり、と落ちていく。

「…………嫌わねえよ」

 モニカの震えている手がハイメの手を掴んだ。すう、と息を吸って、モニカは口を開く。

「……ワタシ、思い出したの」

 握り返してやると、モニカは切なく笑った。

「何かの命を奪うのがどうしていけないことなのか、ワタシ分からなくて、お父さんお母さんのこと、すごく怖がらせてしまって……だからここに棄てられたの。それを、思い出したの」

 モニカの声は震えていた。

 

 ◇◇◇

 

 可愛い猫が歩いていたから、動かなくさせて持ち帰った。

「おかしいんじゃないのか!? あいつは悪魔の子だ!」

「やめてくださいっ……きっとあの子だって教えれば分かってくれます」

「分かってくれるなんて甘いことを言って、いつか人でも殺したら……」

「モニカはそんな子じゃありません!」

 いつまで起きているんだろう、と思ってリビングへ行ったら言い争う声が聞こえて驚いた。

「俺はあんな子供を育てていく自信はもう無い、どこかに捨て置けばいいものを」

「捨てるなんて……! 私たちの子供じゃないですか、きっと言えば分かります、まだ小さいんですから」

 お母さんは泣いているように見えた。

 蝶々の羽が綺麗だったから、お母さんに見せたくて千切って持ち帰った。

「まま」

 喜んでほしかっただけだったのに、お母さんは泣きながらワタシを教会に連れてきた。

「モニカ、いい子ね、きっと、素敵な人があなたのことを連れて行ってくれますからね」

「ままどこいくの?」

「ママは少し、お買い物に行きますから、モニカはここでいい子に、してて、」

 お母さんは走り去って行った。もう帰ってくることは無いのだと悟ったのは、それから一週間経ってからのことだった。

「まま」

 

 ◇◇◇

 

「ワタシ、おかしい子なの」

 指の腹で手の甲を撫でるモニカの視線はどこか朧げだ。

「きっと、これは、罰なんだわ。間違って産まれてきてしまったことへの、罰なの」

 何と返してやれば良いのか、迷ったハイメはただ瞳を見つめる。

「ハイメがしんじゃったら、ワタシ、どうしたらいいか分からない」

 モニカの笑顔が崩れた。

「死は救いだって、そう教わったの、この教会に置いてあった聖書にはそう書いてあった。ここに来る人はみんな、何かを神様に懺悔していたの。生きていることを後悔している人もいた。だから救ってあげたの。死んだら天国に行けて、神様に会えるんでしょう? だから、頼まれたから、天国へ行かせたの。でも、だけど、ワタシを天国に連れて行ってくれるのはだれなの?」

「…………」

「アナタはぼろぼろでここに入って来て、でも全く生きてることを後悔しているように見えなかった。だから、だから殺せなかったの。それに、初めてだったの、だれかとご飯を食べたのは」

 嬉しかった、と零して微笑む。

「ハイメ……ハイメが殺し屋なら、ワタシを天国に連れて行って、楽にして……ワタシを救って」

 モニカはハイメの手に額を押し付けて涙を零した。切望が声に滲む。

「それで、アナタは生きて、ワタシ、ハイメが死ぬところを見たくないの」

 酷い話だ、とハイメは顔を顰めた。モニカの涙が腕を伝っていく。

「……死んで救われんなら、俺だって死にてえよ」

「…………」

「勝手に一人で楽になろうとしてんじゃねえよ、馬鹿」

 気が付いた時には既に視界が歪んでいた。情けなくて、笑えてくる。

「お前は天国になんか行けない」

 言えばモニカは驚いたような顔をした。

「……天国に、行けないの?」

「人を殺した人間は、天国になんか行けねえよ。行くのは地獄だ、とびきり苦しい地獄」

「地獄になんか、いきたくない」

「俺もとっくに地獄行きは決まってんだよ。殺してもらいてえのは俺の方だ」

 だけど。

「……お前とだったら、」

 ハイメは空いた手で、モニカの派手な長い髪を優しく撫でた。

「生きても良いと思えたのにな」

「……ワタシ、」

「決めろよ。俺と生きるか、俺に殺されるか」

 モニカは動揺した。生きていくのか、ここで死ぬのか、その天秤を持っているのはモニカ自身。

「ワタシは……」