Happy Birth Day.

 12月に入り、慧一さんが僕のあげた半纏を着るようになった。慧一さんが着るならと僕も同じものを着て、膨らんだシルエットが視界に映るたびに、純粋に嬉しいと感じる。

 今年の慧一さんの誕生日には、何をあげようか。先月から考えていたのに、今年もまた悩んでしまっている。本人に聞いてみても「董一朗さんと一緒にいられればそれで」と想像していた通りの答えしか返ってこなかった。

 それでも、あげないというわけにはいかない。誕生日に贈り物をするだけが愛情表現ではないにしろ、せっかくのこういう機会なのだから、僕からの感謝の気持ちを形にしたい。ネクタイや半纏みたいな実用性がなくても……

 

 

 迎えた当日。慧一さんを説得して外出してもらい、目指したのは遊園地だ。イルミネーションが有名なところで、遊園地というだけあって人はそこそこいたが、人気のテーマパークとは違って混んでいない。日が落ちる少し前に家を出て、到着する頃には青い光がきらきら輝いていた。

「すごい……綺麗ですね」

「……ふふ、綺麗……」

 普段、外では一切手を繋がない。万が一にでも学生や同僚、知り合いなんかに見られたらと思うと、誰もいない夜道で繋ぐのも、時には怖いと思うことがある。ここは遊園地で、いつ誰が見ているかわからない。でも、今日みたいな日に他人の目を気にしていたくなかった。

 慧一さんの手を取って、やわく握る。笑いかけると慧一さんも目を細めてくれた。雪がとけるように、僕の緊張も解けていく。

 アトラクションの類は、僕は身長のせいでどれも乗るのが難しいし、慧一さんもそれほど乗りたがる方ではない。イルミネーションの綺麗な庭園コーナーと観覧車、併設のレストランだけ回ることにして、僕たちは園内を歩きはじめた。

 

 楽しそうに笑う家族連れや、お互いを愛おしそうに見つめる二人が周りにはたくさんいる。庭園は慧一さんの植物に関する雑学や専門的な知識を聞きながら歩いた。解説してくれているのを別のグループが聞いていて、何だか途中から講演のようだったのも笑ってしまった。

「身長……引っかからない、かな……」

 観覧車に乗るための列に並びながら呟くと、慧一さんが僕を見上げてから、列の向こうを見た。

「特に身長制限とかはなさそうですけどね」

「止められたら、引き返しましょう……」

「はい、僕だけ乗るのは寂しいので」

 列は順調に進み、僕たちの番になる。係員は僕を見て驚いていたが、問題なく乗らせてもらえた。

 乗ってみると意外と不安定で心もとなく不安になる。対面に座った慧一さんがわくわくした顔で下を覗きこむのを見て、ふと、昔彼女とも来たことがあるんだろうか、無いわけないな、などと考えた。

 いや、正確にはそんなことを何度も考えていた。僕が今更思いつくデートスポットや恋人らしい行為は、どれも慧一さんは経験済みのことばかりだろう。あまり慧一さんは昔の恋人の話はしたがらないから、よくは知らない。一度や二度、デートで訪れたはずの場所でも、初めて来たかのような嬉しそうな顔をしてくれる。本当に楽しいのだろうかと疑ってしまいたくなるのを、いつも我慢して考えないようにしていた。慧一さんが目の前にいるのに別の誰かのことを考えるのは、慧一さんが悲しむから。

「ねえ、さっき見た庭園の白鳥があんなに小さい」

「本当だ……」

 真似して下を覗きこむ。ゆっくりと上昇していくゴンドラは、気がつくともう頂上が迫っていた。

「遠くまで綺麗……」

「……」

 フィクションでしか見たことがなかった、遊園地というものは実際は案外狭い。僕が大きいからそう感じるんだろう。観覧車のゴンドラはきいきい音が鳴るし、風が吹くと大きく揺れて怖い。夜景は思ったよりも綺麗で、慧一さんは、

「……董一朗さん」

「慧一、さん」

「今日、楽しかったですね。こんなところ来たの何年振りだろう。ついはしゃいじゃいました」

 笑って眼鏡を上げる、左手には僕とお揃いの指輪がはめられている。

「僕……遊園地、初めてだったので……楽しかった、です。僕もはしゃいじゃった……」

 僕が言うと慧一さんは「え」と声を出してから、何か少し悲しそうな顔をした。

「それなら、尚更今日来られて嬉しかったです。アトラクション乗らないから、イルミネーション見られたのも嬉しかった」

「……、……本当は、家で過ごしている方がいいと……思ったんです、僕は……でも、僕が、僕のために……慧一さんの誕生日に、ここで過ごしたいと……思ってしまって……」

「うん、嬉しい……今年もたくさん考えてくれたことが、嬉しいですよ」

 慧一さんが立ち上がるとゴンドラが揺れる。一瞬ひるんで身を縮めると、優しく僕を抱きしめながら隣に座った。

「かわいい、董一朗さん」

「……、」

 見つめると、慧一さんが僕にキスをくれた。下降が始まる。

「……ぁ、……え、と」

「ふふ、もうちょっとだけくっついてましょう?」

「……はい……」

 手を握り、指を絡める。また泣きそうになっていた。

 僕の好きな人が僕を好きで、好きな人の誕生日に手を繋いで観覧車に乗る、なんて。灰被りが王子様と結婚するみたいな、夢物語だ。でもその夢物語が現実になっている。

 ずっと手を繋いでゴンドラの中で夜景を見ていたかったが、あっという間に終わってしまった。聞けば一周に15分程度しかかからないらしい。そう思えば、長く長く乗っていたような気持ちにもなった。

「ふう、お腹空きましたね」

「レストランの予約の時間、ちょうど……そろそろ、です」

「行きましょうか」

 頷いて歩き出す。そんなに高級なわけじゃない、サプライズも仕込んでいるわけではない、けど、ちょっとだけ特別な食事。

 慧一さんの誕生日が終わったらクリスマスだ。そして僕の誕生日が来る。

 大嫌いだった12月が、いつの間にか嬉しいことでいっぱいの宝箱みたいな月になっていた。

 

 

 タイミングを見計らっていたらプレゼントを渡すのをすっかり忘れて、家に帰ってから渡すことになった。今年のプレゼントは薔薇の花。せっかくなら夜景の見えるところで格好よく渡したかったのに、実際は帰ってきてお風呂を終えて、半纏を着て間抜けな状態で渡すことになってしまった。それでも半纏を着た慧一さんが嬉しそうに笑うので、それでもいいかと、僕も笑った。